秋田米を全国へ「一乃穂」は秋田米で作った秋田しとぎ菓子をお届けしています

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  No.270(2015年12月1日)

 

カレンダーもあと1枚を残すだけになりました。 この一年のご愛顧に心より御礼申し上げます。
 さて、秋田県の農業を支えてこられた偉人のひとりに、 石川 理紀之助(いしかわ りきのすけ)という人がいます。 潟上市の郷土文化保存伝習館は、石川翁資料館としてひっそりと佇んでいます。1845年秋田市奈良家で生まれた篤農家(とくのうか)です。明治から大正期の国内有数の農業指導者で100年続く秋田県種苗交換会の先覚者でもあります。秋田の二宮翁と称せられ、その生涯を農村の更生、農家の救済、農業の振興のために捧げつくした功績は全国に知られ、農聖と敬称されています。和歌を詠むことを日課とし、各地の歌人と交流を持つ一流の文化人でもありました。9歳の時、祖父に連れられて初めて句会に参加し、寒さという句題に対し、次の句を詠みました。マルバルコウソウ「硯にも酒を飲ませる寒さかな」祖父が寒さで硯の墨が凍らぬようにと酒を一滴垂らしていたのを覚えていたのです。句会の参加者が驚いたように、幼児期から詩歌の才能もあったのです。
  石川翁は生涯にわたり、多くの名言や格言を残しています。代表的なものが、14ヵ条の信条です。この訓言は、農業や企業経営に携わる人たちのみならず、現代人全般に向けたメッセージとして語りつがれています。その中でも「寝て居て人を起こすこと勿れ」は、率先垂範を意味し、石川翁の深いあたたかな人間愛から生まれてきたものです。
  ある猛吹雪の朝、石川翁がいつものように午前3時に村人たちを起こすため、掛け板を鳴らし雪まみれになって家に入ると、妻が言った。「吹雪の朝に掛け板を打ったところで誰にも聞こえない。ましてこの寒さでは誰も起きて仕事などしないだろうと」。すると、「そうかもしれないが、この村の人々のためだけに掛け板を鳴らしているのではない。ここから500里離れた人々にも、500年後に生まれる人々にも聞こえるように打っているのだ」と応えたそうです。 初売りは2日からでございます。皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。

  No.269(2015年11月1日)

 今月中旬には、雪が降ると予想され車にはスタッドレスタイヤが必要となります。急速に冬に向かい、寒さが身にしみる季節、風邪などに充分ご注意下さい。
 冬の贈答シーズンを迎え、当店では送料サービスキャンペーンを実施中です。一箇所に付き5,000円以上のお買い上げで送料無料、3,000円以上で送料半額に致します。11月末日まで是非ご利用下さい。
 さて、当県は以前69市町村でしたが、平成の大合併で25市町村になってしまいました。その中で、入社試験などでよく間違って読まれ、位置も認識されていない市も少なくありません。そのひとつが鹿角市(かづのし)です。石川啄木が詠んだ詩に「青垣山をめぐらせる、天さかる鹿角の国をしのぶれば、涙し流る」垣根のように四方を囲む青々とした山々は、詩人の目にさぞかし美しく映ったのでしょう。北は青森、東は岩手の県境に接するこの地は、奥羽山脈のほぼ中央にあり、秋田市から車で約2時間半かかります。八幡平(はちまんたい)、十和田国立公園とも接し花輪ばやしや温泉、廃棄された携帯電話から金を抽出する同和鉱業、国体のスキー競技場としても有名です。
 11月の花ドングリ平安時代には「上津野(かづの)」と呼ばれる蝦夷(えみし)の村で、出羽国の秋田城下の北に位置していたのです。「鹿角」の表記が現れるのは鎌倉時代からです。鉱物資源に恵まれ金銀銅を産出した尾去沢鉱山があり、栄華の跡が色々と存在しています。江戸時代は南部氏が支配していましたが、戊辰戦争で官軍の秋田藩に敗北。明治4年(1871年)秋田県に組み込まれました。住民には、南部領の意識が強かったと思われます。市史には心ならずも賊名を負わされの秋田編入は、少なからず違和感があった」と記されています。
 1972年4町村が合併して現在の鹿角市になりました。

  No.268(2015年10月1日)

 本格的な秋になり、朝夕めっきり寒くなってきました。当地の稲刈りはほぼ終わりましたが、当店が使用するもち米は、中旬頃の刈り取りになるようです。本年も県産米のほか、JA新あきた産の米も12t契約し12月1日より来年2月まで「JA新あきた」のロゴ入り「しとぎ豆がき」として約77万枚を販売する予定です。
 100%秋田県産米ですが、収穫された土地によって微妙に水分含有量が違うので、焼き加減の調整に苦心するところです。新米で作られた「しとぎ豆がき」を是非味わってみて下さい。
 さて、皆さんは高橋優という秋田県横手市出身のシンガーソングライターをご存知でしょうか。現在、ダイハツのCMで「明日はきっといい日になる」という歌が流れ、ヒットしています。他にもTV番組のテーマソングや主題歌、CMソングなど幅広く活躍されており、2013年には、日本武道館でライブを行い大成功しています。
 当店では、「福笑い」という曲名を商標登録しようと申請しましたが、残念なことにわずかな差で明治製菓に先を越されてしまいました。
 それでは、代表作とも言える「福笑い」の歌詞の一部を紹介します。

♪あなたが笑っていたら 僕も笑いたくなる 
あなたが泣いていたら 僕も泣いてしまう
10月の花アメリカスグリ難しい顔、難しい話、今ちょっと置いといて笑えますか?
きっとこの世界の共通言語は 英語じゃなくて笑顔だと思う
子供だとか大人にかかわらず 男だとか女だとかじゃなく
あなたが今楽しんでいるか「幸せだ」と胸張って言えるのか
それだけがこの世界の全てで 隣でこの歌を唄う僕の全て♪

 とても良い歌です。今の時代に共感できる歌をたくさん 生み出しています。どうぞ一度聴いてみて下さい。

  No.267(2015年9月1日)

 9月に入ると朝夕は、めっきり涼しくなり秋の訪れを感じられるようになりました。8月下旬の風水害では、当県始め全国各地に被害をもたらしました。特に沖縄・九州の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
 さて、夏祭りも一段落し静けさを感じる秋田ですが、能代のおなごりフェスティバル(秋田・青森・岩手・宮城の夏祭りが一堂に観られ今回は、岐阜県美濃市の花みこしも参加)や19日には、秋田市千秋公園で27年ぶりに花火が打ち上げられ、堀端で仕掛け花火が観られます。多くの市民、県民が行く夏を楽しむ行事になることでしょう。
 また、8月30日より12月13日までの間、秋田市中心街区「なかいち」にある市民交流館で「政吉とフジタ」というミュージカルが上演されます。秋田市の稀代な素封家、平野政吉とフランスで日本人として唯一、一世を風靡した画家 藤田嗣治(レオナール・フジタ)とのかかわりの中で9月の花カラスウリ「秋田の行事」をはじめとするフジタの作品を展示する平野美術館建設等の経緯をミージカルで表現しています。
 脚本は秋田市出身の内館牧子氏、演出は栗城宏氏。先人の素晴らしい着眼点や先見性が、現代にも甦り秋田県人の自信やその土地に生きる意義を考えさせられる内容で、舞台は 狭いものの工夫されていて子供たちにも解りやすい構成になっています。演じる田沢湖芸術村を主宰する劇団わらび座の俳優たちの熱演もすばらしいです。秋田商工会議所加盟企業や地元新聞社等の協賛で、市内の小学生を招待することになっています。
 それにしても、昭和12年2月21日より3月7日までの間、174時間を描き続け完成させた幅365p・長さ2,050pの「秋田の行事」は世界一の大きさと迫力で見る人に迫ってきます。昭和42年5月5日に開館した美術館は、安藤忠雄氏設計の新美術館に移転後も見る人を魅了し続けています。
 結びに当店も協賛しているミュージカルの成功を祈っております。それと旧盆期間中は、品切れの為、多くのお客様に多大なご迷惑をお掛けいたしました事、心よりお詫び申し上げます。

 

  No.266(2015年8月1日)

暑中お見舞い申し上げます。 皆様には、ご清祥のこととお喜び申し上げます。
 8月の秋田は3日から「国重要無形民俗文化財」に指定されている竿燈まつりを皮切りに、県内各地で 色々なお祭りが開催されます。重要無形民俗文化財とは、衣食住、生業、信仰、年中行事などに関する風俗慣習、民族芸能、民族技術等々、人々が日常生活の中で生み出し継承してきた無形の民族文化財のうち、特に重要なものとして国が指定したものです。8月の花ルピナス1975年に日本の文化財保護法の改正によって実現し、2015年3月現在290件が指定されています。
 秋田県では、鹿角市 大日堂舞楽、横手市 保呂羽山の霜月神楽、男鹿市 ナマハゲ、秋田市 竿燈まつり、羽後町 西馬音内(にしもない)の盆踊り、美郷町  カマクラ行事、大仙市刈和野の大綱引き、潟上市 東湖八坂神社の統人(とうにん)行事、仙北市 角館祭りのヤマ行事、秋田市 土崎神社祭の曳山行事、鹿角市 毛馬内(けまない)の盆踊り、にかほ市 上郷の小正月行事、北秋田市 根子番学、にかほ市 小滝のチョウクライロ舞、秋田のイタヤ箕制作技術、由利本荘市 木海獅子舞番学、鹿角市花輪祭りの屋台行事等、このように多彩な17の民俗文化財が存在します。これらは、全国一の数となっています。すべてを観た方は、少ないかも知れませんが、お祭りが近くになると全国に散らばっている若い人が帰郷し、各地域は一段と盛りあがります。是非、多くの人達に秋田の 民俗行事を見ていただきたいものです。

 

  No.265(2015年7月1日)

秋田市では、やっと梅雨入り宣言が出ました。晴天続きだったので、恵みの雨となった感がしますが、鹿児島県では、100年振りの豪雨とか。被害に遭われたみなさまには、心よりお見舞い申し上げます。    さて、先月の本通信では「和食」が世界無形文化遺産に登録されたことをお伝えしました。「和」が付く言葉に和式、和菓子、和風、和製、和敬、和合等々ありますが、今回は和紙を取り上げてみたいと思います。
 秋田市から約60q南に横手市と合併した十文字町 睦合という地域があります。江戸時代中期(1700年)には集落の大半が、大正時代までは十数軒が紙を漉いていました。ここは雄物川(おものがわ)に沿って広がる水田地帯です。豊かな水を使い良質な和紙の原料となる楮(こうぞ)を育てていました。楮はクリ科の落葉低木で山野にも自生しています。樹皮から繊維をとって和紙の原料にするのです。  農閑期、初雪が降る頃、家族あげて紙漉作業をしたそうです。ハマナス自家で育てた楮の刈り取りから、数十工程を経てやっと紙を漉ける段階に入ります。200年以上前とほとんど変わらない工法で漉かれている和紙からは、 手仕事の温もりが伝わってきます。十文字町の中学校の卒業証書はこの和紙で出来ています。
 しかし、あまりにも手間がかかるため県内では4ヵ所の工房のみとなってしまいました。十文字町は、 紙漉の里として中学生にその技を継承していますが、 伝統を引き継ぐ若い人づくりが喫緊の課題です。和紙には、紫外線をカットする力があり、和紙の障子を通った光は、目に優しく、精神を安定させてくれる効果もあるそうです。和紙を再認識してはどうでしょうか。
<おしらせ>   本店では7月末まで送料サービスキャンペーン を実施中です。この機会に是非ご利用下さい。 フリーダイヤルは0120-724-200です。
 

  No.264(2015年6月1日)

 今年も衣替えの季節となりました。みなさま如何お過ごしでしょうか。夏空のまぶしい時期、いかに電力を消費しないで涼やかに過ごすかと言うことが大きな課題になるでしょう。秋田市では、5月30・31日に東北復興の祈りを込めた東北六魂祭が、晴天下26万人の観客を集め開催されました。初めて夕方からの開催だったので、竿燈や青森のねぶたが夜空に映え、大興奮の観客を魅了しました。
  東北六県の演技者1,350人の参加のもと代表的な祭りが、一堂に見られることもあり交通規制は、大変厳しいものがありましたが、中心部には徒歩で移動する人が多く、街の中は久々の活気に満ち溢れました。東北の伝統的な祭りの底力を垣間見た思いがしました。地方には地方の良さがあり、色々な食もイベント会場で好評を博していました。
  さて、日本の食文化を表現する「和食」は世界無形文化遺産に登録されましたが、日本ほど、自然の食材を自然のまま食べるという食の文化はありません。生魚を工夫して食べるのは、日本だけです。ショウジョウバカマなるべく自然の素材の味わいを生かすことが日本料理の目的です。いらないものを削って、一番大切なところだけを残そうという引き算の文化、これが日本の文化の特徴ではないでしょうか。
  フレンチの巨匠と言われた日本人シェフは「火を通して新鮮、形を変えて自然」ともその極意を述べています。そしてまた、その典型的なものが出汁(だし)です。抽出して本当に必要な分だけを残して、あとの物を全部捨てていく。つまりそれが出汁の文化なのです。出汁は日本独特のもので旨味(うまみ)とも言えます。旨味は世界の他の民族は、誰も考えなかったと思います。日本人の味覚のするどさが和食文化を支えています。当店のしとぎ菓子も、お客様の味覚アンケート等で鍛えられ進化し続けられるよう研究努力したいと思っています。
 

  No.263(2015年5月1日)

 例年以上に早い春が、駆け足で訪れ北上して行った感があります。皆さま如何お過ごしでしょうか。
 さて、新緑の好季節、今月30・31日の土日には、東北のお祭りに定着したかのような東北六魂祭が秋田市で開催されます。東日本大震災から、4年が過ぎ復興は道半ばです。秋田県にもまだ1,000人近い避難されている方が居住してご苦労されています。震災を語り継ぎ、東北の絆をより一層深めていく為にも六魂祭の継続は重要な意義があると思います。来年の青森で東北六県を一巡する訳ですが、各県からは予算面で厳しさがあるものの復興のシンボルとして祭りの継続を求める声が大きくなりつつあります。
  秋田開催では、六魂祭で初めて秋田の代表的なお祭り、竿燈の提灯に灯りがともされます。青森のねぶたと共にきっと夜空を焦がすことになるでしょう。人出は、2日間で 30万人以上が予想され、すでに秋田市及び周辺の宿泊施設は、29日・30日と予約で満杯と聴きます。又、市内ではテロ対策を含め厳重な警備体制が敷かれ、特に中心部の交通規制も一次から三次規制まで相当なものになります。カランコエまた、秋田駅のコインロッカーは2日間全て使用禁止になるそうです。例年8月に行われている大曲の花火大会には、1日で80万人からの人出になり毎年無事終了していますから、秋田県警の警備体制には定評があります。秋田駅から会場となる山王十字路までの2.5qは、どうしても徒歩が主になってしまうので、何か工夫が必要かも知れません。六魂祭の各県のお祭りのパレードは、30日(土曜日)16時30分〜19時20分・31日(日曜日)12時30分〜14時45分です。
  参加のお祭りは、青森ねぶた祭・秋田竿燈まつり・盛岡さんさ踊り・山形花笠まつり・ 仙台七夕まつり・福島わらじまつりです。晴天の下、多くの観客で賑わってほしいものです。
 

 

  No.262(2015年4月1日)

待ち遠しかった春の訪れです。今月の中旬には秋田でも桜の開花が始まります。角館や県北では連休直前頃になりそうです。
 秋田市から南下すること約80qの山あいに横手市増田町があります。この町には、今まで公開されなかった多くの内蔵があり、「その昔の栄華を今に伝える町、増田」と言われ、4、5年前から多くの観光客が訪れるようになりました。
 明治時代から葉タバコ栽培や養蚕、さらに近くに鉱山があったことで銀行事業や電力事業で成功した商人たちが築いた「内蔵」がひしめき、いまだに45棟も現存しています。「内蔵」とは、蔵を豪雪から守る為全体を「鞘」と呼ばれる上屋建物ですっぽり覆った土蔵で、母屋の背後に建っていて、表通りからは観ることが出来ません。生活空間の一部として人目に触れることなくひっそりと佇んできました。それが、普段立ち入ることの出来ない空間の記録として平成17年1月に増田町文化財協会が写真集「増田の蔵」を発刊したことで、世の中の脚光を浴びることになりました 。
 最大の大きさを誇る、旧佐藤三十郎商店の内蔵は明治41年(1878)に造られ、現在の価格で坪当たり400万円もかけた大変豪華な建物です。床材は栗の木や秋田杉をふんだんに使用し、手塗の土壁には秋田杉とヒバ材が等間隔で交互に使用されています。西向きに面した明かり取りも特殊な工夫がなされています。お隣が蔵を建てれば、自分もそれ以上の物をという競争心が、ストロベリーキャンドル現在でも残る蔵群の創出になったようです。
 秋田港に着いた北前船の荷物は雄物川という大きな川を通り、支流の増田まで運ばれてきました。北前船の影響が色濃い増田に残る建築様式や、技術面においても後世に継承していくべき取り組みがなされて当然なことと思います。正に、秋田の貴重な財産であるということを再認識させられました。是非、多くの方々に実際に見ていただきたいと思います。まだ、観光化していない処も実に素晴らしい。
 

  No.261(2015年3月1日)

 三寒四温の繰り返しでやっと春の氣配が、感じられるようになってきました。本年夏に訪れた県北・花輪ばやしで有名な鹿角(かづの)市や大館市は、記録的な豪雪で大変難儀をしています。それに比べ秋田市の雪の少なさは申し訳ないくらいです。スキー場は困っていますが、雪が少ないことは何かと暮らしやすい面があります。インフルエンザも小康状態になりました。
 さて、「ゴホンと言えば、龍角散」というCMは、昔から一般的に知られていますが、このノドの荒れを鎮め、痰を取る薬は江戸時代に秋田の久保田藩の藩医がつくり出し、その子孫が代々200年以上かけて改良を重ね続けてきたことはあまり知られてはいません。
 龍角散は、現在東京・東神田に本社を置く株式会社龍角散で製造販売しています。この薬は文政年間(1818~28年)に久保田藩の御典医だった藤井玄淵が、初めて調薬しました。その子玄信が、蘭学を学んだ知識をもとに改良、手作り雛さらにその子の正亭治も同様に改良を加えて喘息に苦しむ藩主佐竹義尭の治療に用いたのでした。薬は江戸時代末期には、龍骨・龍脳・鹿角霜と呼ばれていた生薬を調薬したので「龍角散」命名されました。初代の頃から薬効が評判を呼び藩内で広く服用され「藩薬」として定着してきた歴史があります。
 今では、日本のノドを守り続けて200年の自負があります。堅実で頑固、かたくなまでに伝統を守り続けられてきました。その一方で環境の変化に対応し、進化する力を持ち、トレンドに逆らうことのない経営力にも注目するものがあります。先祖の残してくれた遺産にしがみつくだけでなく、新しいビジネスにチャレンジしてきたからこそ、今日まで生き残ってこられたという現社長の言葉には説得力があります。良い手本にしたいと思います。
 

  No.260(2015年2月1日)

 寒中お見舞い申し上げます。  

 暦の上ではもうとっくに春なのですが、まだまだ寒いが続きます。インフルエンザ・ノロウィルスなどに氣を付けて、日々過ごされるよう祈念しております。さて昨今、マクドナルドの異物混入に端を発し、全国の食品関係者がその対策に躍起になっています。
 安全で安心な粢菓子を製造販売するため、清潔な工場で、より清潔な器具を使用し、心も身体も健康な人間が製造作業を行うこと。これが当店の基本となっています。しかしながら管理を行なう人間にわずかでも氣の緩みが生じると事故に繋がる危険が潜んでいます。 その為には、社員すべてが毎日行なう規範を確実に実行するよう心掛けております。製品にお問い合わせや少しでもご不審がございましたら遠慮せずにご連絡下さい。早急に対処させていただきます。
 昨年11月下旬より発売致しましたJA新あきた産米の「JA新あきた」のロゴ入り「しとぎ豆がき」は、大変ご好評をいただき1月中旬で10t分64万枚が売り切れました。秋田県産米は常時使用しておりますが、JAあきた産米使用の製品は本年も新米がとれる11月からの発売になります。また近々、季節商品として国産の小豆と秋田県産の餅米使った「しとぎおはぎ」・「秋田米ロール」を発売する予定です。どうぞご期待下さい。


  No.259(2015年1月1日)

 皆様には、つつがなく新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。本年はどんな年になるのでしょうか。予想は難しいのですが、目前にたとえ想定外の事が起きたとしても、適切に対応していく能力こそが最も重要な事と考えます。特に転変地異の際は、60%の人が「凍りつき症候群」になるそうです。
 突発的な事態に際し、無意識に行動するのとは逆に、 動きが鈍くなってしまう事を言います。「3.11」で津波が迫っているにも関わらず、ゆっくり歩いている人がいました。その中で奇跡的に助かった人に「なぜ走らなかったのか」と聴いたところ、「走っているつもりでした」と答えられています。要するに足が前に進まなかったということで、これが「凍りつき症候群」ということだそうです。バラ正月早々、めでたくも無い事ですが、このようなことは、事前に考えておくべきことのひとつと思います。
 さて、正月と言えば門松ですが、松も竹も縁起の良い植物の代表です。これに梅を加える松竹梅は、昔より「歳寒の三友」として、めでたさの象徴とされてきました。その松と竹のありようを有・無、古今と上下の対比をもって、仏教の妙理を示した言葉があります。それは、「松に古今の色無し、竹に上下の節有り」です。松は古葉、若葉の交替はあっても、季節の移りの中でもその翠を保ち、年月を経ても一色平等を表現し、竹には、はっきりとした上下の節があり上下の区別がつけられる。
 世の中のすべては、同じではない。それぞれの特徴があり、役割が違う。差別歴然であるが、その役割、 いのちは平等であり差別はないことをこの禅語は、 表現しています。
 本年もどうぞよろしくお引き立ての程、お願い申し上げます。





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